トラウマ(PTSD)


トラウマとは何か?

私はアメリカでの臨床を含め、いろいろな方や、家族(夫婦を含め)にお目にかからせていただきながら、ずっと考えてきたことがあります。

 

それは、『いろいろな精神疾患は、程度の差こそあれすべてトラウマ的な体験が元にななっているのではないか?』ということ。そしてもう一つ、『様々な精神疾患の診断は、”病名”ではなくて”症状名”ではないか?』ということです。

 

あまりにも、突飛な考えだと思っていたら、実はかなり前から、アメリカの臨床家の中で、 同様に考えている人たちはいたのです。特に、家族療法家は、その理論体系から、このように考えている人は多いのです。

 

では、トラウマあるいはPTSDとはなんなのでしょうか。

 

 

トラウマの定義


トラウマとは、『日常における人間の経験の範囲を超え、生命を脅かすような体験(出来事)によって、精神的に強いストレスが掛かるもの、例えば、戦争体験、事故や災害、親しい人が殺害されることやそれらを目撃することなど』と、定義されています。

 

わかりやすい定義であると同時に、はたして、『生命を脅かすような経験』という定義が、すべての人に共通に使用できるスケール(尺度)かどうかが曖昧です。つまり、何をもって、『生命を脅かす経験』と感じるかは、人によって異なる可能性があるのではないかということです。

 

例えば、2歳や3歳の子供にとって、犬に噛み付かれたり、追い掛け回されたりする経験は、『生命を脅かす経験』かもしれませんが、成人男子が『生命を脅かす経験』と認識するかどうかはわかりません。また、この成人男性が、子供の頃に、犬に噛まれた経験があって、犬嫌いだったとしたらどうでしょうか。

 

このケースの場合、子供が犬に噛まれたあとに、早い段階でトラウマの症状を呈すれば、”犬に噛まれたことによるトラウマ”となります。しかし、例えば、自分が子供の頃に犬に噛まれたことを全く覚えていない大人が、成人してから、近所の子供が犬に噛まれるのを目撃した直後、あるいは1ヶ月ぐらい日をおいてからトラウマ症状を起こしたらどうなるでしょうか?(トラウマ症状は、すぐに出るとは限りません)

 

どちらにしても、基本的には、トラウマ(心的外傷)は ”1つ(1回)の生き死にを感ずるような経験” によって、引き起こされた”心の病” というのが今までの定義です。

 

 

 

PTSDの定義


PTSDとは 

 

Post(ポスト:後の)

Traumatic(トラウマティック:心的外傷的)

Stress(ストレス)

Disorder(ディスオーダー:障害)

 

のことです。

つまり、『トラウマ(心的外傷)的なストレスを受けた後におこる障害』 の意味です。

 

戦争・テロ・自然災害・交通事故・火災など、生きるか死ぬかといった恐怖を経験した後で、日常生活に支障(障害)が出ている状態です。

 

 

トラウマの症状


では、具体的にどの様な症状をさすのでしょうか。

実は、症状については、どんな専門書にも、細かく書かれてはいません。

 

 

”The helping professions tend to describe trauma in terms of the event that caused it, instead of defending it in its own terms” ― Peter Revine

 

『専門家は、トラウマというものを、トラウマとは何か・どういうものかについて定義する代わりに、トラウマの引き金になった原因という観点から記述する傾向にある。 ― ピーター・リバイン』

 

つまり、多くの専門家は、トラウマを『どの様な出来事が原因か』という事を述べる事の方が多く、トラウマそのものの症状についてはあまり述べていない・・・というものです。

 

今まで、PTSDを引き起こす出来事によって、『こころ』が病気になると考えてこられました。日本を含む多くの専門家の間でもそう信じられています。ですから基本は薬物療法です。症状を抑える以外に、”治療法”はないのです。しかし、厳密には”治療”ではありません。永久的に薬で症状を抑えるだけです。

 

しかし、トラウマとは、”こころ”の病ではなく、”体に出た様々な症状”だという研究が出てきました。トラウマは、ちょうど”頭痛”と同じようなもので、”症状”だというのです。ご存知でしたか、頭痛は”病気ではない”ということ?頭痛は症状です。頭痛は、どこかに、何かの原因があって、その結果『頭の痛み』という形で表れるのです。例えば、クモ膜下出血の前兆でも、風邪の症状でも、そして肩こりでも『頭痛』はおきます。ですから、頭痛は“一つの症状(状態)”ではあっても、それ自体は『病気』ではないというものです。

 

 

 

 

トラウマの新しい考え方

アメリカでは、現在、トラウマやPTSDについては”こころの病”ではなく、脳科学的に研究が進んでいます。アメリカでは、戦争における現場の兵士のPTSD問題が深刻なため、日本とは比べ物にならないほど研究と実践が進んでいます。

 

それと並行して、生死が直接かかわる大きな1回の出来事があったわけではないのに、PTSDの症状によく似た症状を表す人がいることに、多くの専門家が気付き始めました。それは幼少期の習慣的経験や、たわいもない(と大人には感じられる)体験です。

 

習慣的な経験とは、親に虐待を受ける、学校でのいじめの経験、大事な人を失う経験などです。大人であれば受け止められることも、子どもでは受け止めきれないこともあるのです。そのため、幼少期の外科手術が原因でトラウマになることも報告されています。麻酔をかけたから大丈夫というわけにはいかないのです。

 

トラウマそのものは、人の一生にはつきもので、良いも悪いもありません。問題は、トラウマを人間と人間の体がどの様に受け止め、そしてどの様に処理したかというところが大事になるのです。

 

トラウマが、病理(症状)として生活に支障をきたすのは、処理過程の問題であるというのが新しい考え方の一つとしてあるのです。つまり、『心の問題』としてではなく、人間の感情と身体構造(脳の構造)の特徴による問題として扱われ始めています。

 

実際、私の所に来た相談者の方も、ご自身がびっくりするほどの反応を示すことが決してめずらしくはありません。そして、”症状”と言われていたものはいつの間にかなくなっていくのです。

 

もし、PTSDがどうして起こったのかを知りたいのであれば、研究するしかありませんが、単純に、自分の抱える症状をなくしたいのであれば、解決方法はあります。

 

PTSDの原因を探ることと、解決することは方向性が異なるのです。

 

 

 

新しい考え方に基づくトラウマの症状

Peter Levine 博士によれば、トラウマの症状は実に種類が多く、また初期に出やすい症状と、段階を追ってから出てくる症状などがあります。それらには、以下の様なものがあります。

 

  • 睡眠障害
  • 音や光に対する極端な過敏症
  • 極端な感情・驚愕反応
  • 突然の気分変調(怒りの爆発や癇癪など)
  • 多動

 

さらに症状が進むと上記の症状に加え低下の様な症状が出ることもあります。

 

  • パニック発作、不安、恐怖症
  • 思考が飛ぶ、ボーっとする、記憶喪失、健忘症など
  • 頻繁に泣く、気が狂いそうになるなど
  • 死ぬことや早死にに対する恐怖
  • 危険な状況にひきつけられる

 

さらに進めば、倦怠感や無力感、うつ、慢性疲労や免疫障害、心身症など身体にも症状が及びます。

 

これらは、一度パンドラの箱のふたが開いてしまうと、残念ながらそのまま自然治癒することはありません。といって、不治の病ではありません。適切に処理すれば、元の生活に戻る事が出来ます。薬はこれらの症状を抑えるのが主な役割で、症状を軽減はしても取り去ることはできない。つまり、博士によれば、基本的にPTSDは薬物療法では完治しないという事になります。

 

実際、私も今までに何人もパニック発作やPTSDの方とお付き合いしましたが、だいたい3回ぐらいお目にかかれば、主だった症状は自然と消えていくことを何度も経験しています。人間の身体の神秘性を感じる瞬間です。