臨床心理学とは、心理学とは異なる領域です。
日本の臨床心理学は、河合隼雄氏がまずアメリカに心理療法の勉強に行き、そこからスイスのユング研究所でのトレーニングを終え、日本人の分析家第1号として日本に帰国してから、日本にも本格的な心理療法が必要であるとの思いから始まりました。
私は、個人的には、河合隼雄氏のファンであり、日本文化を含めた造形の深さは、世界に通用するものだと思います(私も修士論文に多数引用させていただきました)。
しかし、日本の臨床家の育成という意味で、今からあと30年ぐらいはかかるのではないかとおっしゃっていたということです。そういった意味で、日本の心理臨床学の”学問”は追いついてきましたが、”実践”はまだ発展途上です。
でも、それでは、今、たった今苦しんでいる人はどうすればいいのでしょうか?
素晴らしい臨床家が成長するまで、30年ただ待ちますか?
私は、それではいけないと思うのです。”今を生きる人々”へのサポートを抜きにして、未来はないのです。『今を生きること』のために、今自分たちができることをしていくことが、最も大切だと思うのです。
そういった思いを誤解なく受け止めていただけることを、切に望んでいます。
アメリカの”臨床家”が最も嫌うもの、それが競争であり、パワーゲームです。大切なのは、臨床家同士の連帯・協力関係(コラボレーション)です。
現在、私の知る限り、大変素晴らしい家族療法家が何人かいらっしゃいます。また、トラウマの治療を専門にしていて、素晴らしい腕を持っている人もいらっしゃいます。
確かな訓練を受けた人たちです。
専門家としての確かな腕と観察眼は、初期の訓練とその指導者に寄る所が大きいのです。
この時期にしっかり指導を受けないと、結局は”アマチュアプロ”から抜け出せなくなってしまいます。
日本には、多くの”プロまであと一歩”の臨床家がいます。実は、この『一歩』こそが、本物と似て非なるものであり、その違いがわかるのが、本物の専門家です。
ある講習会で、家族療法を20年近くやっておられるという先生が、”ジョイニング(joining)"というテクニックの意味を、勘違いされてアドバイスしておられました。 教科書で勉強すると、そういう意味になるんです。でも臨床での訓練を積むと、意味が全く異ってきます。また、このテクニックは、すべての家族療法家が使用するわけではないのですが、その方は、家族療法家は全員使用するものと勘違いされているようでした。
基礎中の基礎で、アメリカの家族療法士でこれを間違える人は誰もいません。
第一、アドバイスでそのようなコメントが出る事さえもありません。
どうしてこのようなエラーが出るのかについて、昔はよく『日本とアメリカは文化が違うから』と言われていましたが、現在そういった言い訳は通用しなくなりつつあります。
私は、むしろ臨床家を教育する方法に大きな違いがあると感じています。
アメリカの臨床家の訓練というのは、”短期集中型”で、大量の知識と、大量の訓練を、一気に教え込んでしまいます。その後も、ライセンスの取得やライセンス維持のための研修は、一生続きます。
一方日本は、『学ぶより真似る』とか『技は盗め』とか『自分なりの工夫や失敗が自分を育てる』といったような、”一生勉強型”です。つまり、一生を通じて一人前になっていくという考えです。職人教育型とでもいいましょうか。
この二つの教育理念の大きな違いは、学校を卒業した時に歴然としています。片方は、”ひよっこ”状態の半人前で卒業し、自信のない状態です。もう片方は、臨床家として、一人で実践に携わる最低限の実力を身に付けた状態で卒業になるのです。しかも、ある程度の自信を持って。
そして、このスタートラインの違いは、臨床家としての土台の違いとして、一生埋まることはないようです。なぜなら、両方とも、その後、一生勉強することに変わりはないのですから。
アメリカという国は、そんなに素晴らしい国なのか?と問われれば、答えは、YES and NO でしょうか。
つまり、アメリカにはたくさんの素晴らしい点があると同時に、アメリカならではの難点もたくさん抱えています。
それは、日本も全く同じです。”長所だけ”などというのは『理想』ではあっても、現実にはありえません。
日本人の悪い癖は、『自分の隣に住む日本人と、アメリカの理想の人間・家族を比較することだ』と、誰かが言っていました。
本当に、その通りだと思います。
アメリカと日本、お互いに学ぶこともたくさんあり、簡単にどちらが優れている、なんて言えるほど単純な歴史的背景を持っているわけではないですね。
ですから、学ぶべきものはしっかり学び、提供できることは提供することが大切なんだと思うのです。
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