現在、日本には心理系国家資格はありません。心理系の資格は沢山あり、良く耳にするのは、臨床心理士、産業カウンセラー、学校カウンセラーだと思います。臨床心理士の資格を持っている人は、20000人以上います。日本の臨床心理士の英名はCertified Clinical Psychologist(クリニカルサイコロジスト)です。
日本語で、『心理士』というと『心の問題を扱う人…』といったニュアンスで、少々曖昧な感じですが、英語を訳すと、『臨床心理学者』です。つまり、Therapist(セラピスト;治療者)とは別物です。
アメリカでは、臨床心理学者とセラピスト(心理療法家)は大きな違いがあります。同じ、精神保健の領域を扱いますが、臨床心理学者はテストをしたり、診断をしたりして、診断書を書きます。一方、セラピストの主な仕事は、治療計画を立てて、現在の状態をより良くするための、実際の治療をすることです。
日本では、心理学系の学術分野でこの2つ、『心理学』と『治療』が、マスコミなどに”こころのケアの専門家”として、一括して扱われています。日本の専門家が違いを認識することもあまりありませんし、まして一般の方は全く分からないと思います。
某国立大学大学院の教授は、『臨床心理学とは、実践行動についての”学問”である』と述べており、従って、”研究法を学ぶ”べきであると力説する同時に、さらに”人を助ける臨床心理学”とも述べておられます。
これでは、臨床心理学が”研究法の学問”なのか”人を助ける臨床”なのかはっきりと区別して定義していません。つまり、日本では、『学問』と『治療』を混ぜていると言うことです。
日本で、臨床心理士になるためには、第1種指定校といわれる大学院の修士課程を修了し、臨床心理士になるための試験に合格しなければなりません。しかし、この課程では、治療技術の実践訓練やそのための基礎学問は、主たる内容ではありません。
ほとんどの学生は、卒業してすぐは、心理学には精通していますし、研究法にも長けていますが、治療はすぐにはできず、また心理テストをする事もできません。一般の人が期待するような、『心理カウンセラー』や『相談業務』の役割を負う事は難しいでしょう。
また、”家族心理学”いという学問もありますが、これは”家族療法”とは違う学問領域です。家族心理学は、その名の通り、『家族という(特定の)集団における家族員一人一人の心理』を研究します。治療論や技術は勉強しません。
家族療法を取り入れている大学院も最近は、少しずつでてきました。しかし、メンタルケアの一角をなす、アメリカの家族療法のように、理論から実践まで、徹底して教えている大学院も専門機関も、現在日本にはありません。その意味で、アメリカでいう『家族療法士(家)』はいません。 つまり、家族療法と言いながらも、それが扱えるセラピストに当たるか当たらないかは、運ともご縁ともいえるでしょう。
注)家族心理教育や家族教室も別の定義です。
臨床心理学とは・・・
・ 心理学の観点から心理的問題のメカニズムを実証的に研究し、
問題解決を援助する方法を開発し、実践する学問であり、活動。
(下山晴彦:『認知行動療法&家族療法ワークショップ』のテキスト)
つまり、日本における臨床心理学では、人間が悩んだり苦しんだりした場合には、心理的な問題が前提にあると言うことです。
これは、西洋精神医学における医療モデルである、”原因ー結果” という直線的原因論にのっとった考えで、いわゆる”個人療法”が歴史的に前提にしてきたことでもあります。
→ 個人の問題の原因は、その個人の中(心・認知など)にある
原因の究明が必要不可欠です。ですから、原因究明のために、人格テストや、性格傾向など、そして知能までも調べることが大事なのです。
原因の究明とは、診断をするという事でもあります。日本の医療制度は、診断名を付けなければ治療は出来ません。ですから、精神科でも、必ず何らかの病名をつけないと、薬は処方できませんので、診断名がつきます。
しかし、逆に言えば、原因が外部(外的環境や相互影響など)にあって、それに当人も医療関係者も気づかなかった場合は、誤診につながるということです。
そして、もっと恐ろしいことは、その誤診をチェックする機関は現在、何も無いということでしょうか。つまり、一度『統合失調症』や『うつ』と診断されてしまえば、あとは、そうではありませんでしたとはなりません。特に、『統合失調症』に関して言えば、日本では誤診が多い可能性があります。
まず、一番大切なことは、諸外国で提唱された、オリジナルの家族療法というのは、家族のための療法という意味ではありません。また、家族と面接するという意味でもありません。
もとは、症状をもった子供が医者のところに診察に来て、その子供と家族(特に母親)の人間関係の観察からその理論が始まったものなのです。初期の家族療法家に医師免許を持つ人が多いのはそのためです。この、家族とのやり取りの観察から始まったので、個人療法に対して、家族療法と呼ばれるようになったものです。
『 個人療法でないもの = 家族療法 』 です。
(Non-individual-oriented = Family systems therapy)
アメリカの家族療法は、そもそも医療の現場で、医師たちを含む臨床家によって提唱されたものです。従って、”研究法を勉強する学問”ではありませんでした。むしろ、臨床現場での訓練の在り方は、現場主義ともいえる、”臨床家育成”の基本に則った、”初診の取り方””クリニカルノート(カルテのようなもの)の取り方””面接の実技”を、教科書で教えるだけではなく、実習や実践を通した直接指導という形で行われます。
一方、日本で家族療法というのは、とてもマイナーです。有名な心理臨床家の先生や大学院の教授でも、(そして精神科医の先生方の中にも)、本来の家族療法の理論と定義を誤解していらっしゃる方が多いのです。
ですから、日本の専門家でオリジナルの家族療法をよくご存じない先生方が勘違いされるのは、個人とは面接しないというものです。はっきり言って、この誤解は、臨床心理の専門家としては、大失態です。
もし、大学院で、家族療法を指導できる先生がいない場合やカリキュラムにない場合は、家族療法の理論も技術もまったく知らないのは当然です。
現在、日本では、”自分が離婚の経験がある””苦しんだ経験があって、他人のこともわかる”といった、個々の経験ベースの家族療法か、何度かセミナーを受けて、本で勉強した家族療法です。しかし、本来は、きちんとした理論体系があります。 アメリカでは、1~3年かけて、理論を学び、家族療法理論の筆記試験に合格後、さらに家族療法理論に基づく実習を最低1年以上受け、卒業試験に合格しないと、家族療法士(MFTといいます)と呼ばせてもらえません。
基礎理論も一つではなく、また技法の異なる多くの家族療法があります。理論上の特質からいって、実は、理論を日本人が理解するのは、結構難しいのが本当のところです。
この理論が、経験などを基にしたり、教科書だけで習得できると思ったら、それは家族療法の本質が理解できていない専門家と言えるかもしれません。なにしろ、理論の試験(中間試験)だけでも、アメリカ人の多く学生でさえも、ストレスから頭痛や体調不良を起こすほど大変な試験です。私もなりましたが・・・。そして、1年たっても、そのすべてを学び終えているわけではないのです。2年目からの実習が始まっても、まだ理論の続きを勉強するのです。にもかかわらず、卒業までに、全ての家族療法理論を学ぶのは不可能です。それほど、大量に学ぶ事があるのが『アメリカの家族療法』です。
再度、念を押しますが、本来の家族療法とは、『家族問題を扱う』とか『家族・夫婦と面接する』という意味ではないのです。
家族療法というのは、面接に参加する人数には関係がないのです。アメリカの家族療法家は、その名刺によくこう書いています。
Family Therapist; Individuals, Couples, Families
つまり、”家族療法家(士);個人面接、カップル面接、家族面接をします” という事です。家族療法家(士)が面接をする場合、相談者が一人でも、家族でも、夫婦でも家族療法です。また、家族内の問題ではなくても扱います。
個人療法と家族療法の違いは、何度も言いますが、面接室に来ている人数でも、相談の内容でもなく、理論の違いなのです。